昔話、昔、のアタシ。
2003年4月15日こんばんわー綾です。
今日は3時間でした。
お弁当なしと書いてあるにもかかわらず、お弁当とコップをちゃんと持っていってしまった綾ちゃんでした。
放課後そのまま香織の家へ直行☆
お昼食べて〜なんだかんだしている内に二人とも
睡魔に襲われまして。1時間半くらい睡眠・・・。
* * * * * * * *
やっぱり音楽を続けていればよかったのか。
楽器は大好きだ。
演奏する楽しさを知っている。
やっぱり、吹奏楽部に入らなかったのを少し後悔。
パーカスもやりたかったな。
今、趣味としてやっているけど、
実物には触れないんだ。
私の部屋には写真がいっぱいある。
その多くが小学校5年から、6年までの写真だ。
入っている特別音楽クラブがどこかで演奏するんだ、と言えば欠かさず見にきてくれたおじいちゃんが撮ってくれたものだ。
特別音楽クラブ(マーチング)は、小学校4年から入れるクラブだ。
普通みんなは4年からやり始める。
だが私は5年になってから入った。
1年も経てば、差はそれなりにつくのだ。
毎日、バチと練習台を持って帰ってロールの練習をした。
楽譜を眺めた。
音を、口ずさんだ。
毎日同じリズムばかり練習している私に、付き合ってくれたのは父だった、父までそのリズムを覚えた。
そして、5年の終わり。
先輩(6年生)の卒業、新しいパートのリーダー、副リーダーが決定する時期、
もちろん、パーカスのリーダーは決まっていた。
そう、5年から入った私は、リーダーになれるはずないのだ、4年から入っていた子がなるのが当たり前なのだ。
一瞬、耳を疑った。
リーダーは、私だった。
ドウシテ?
でも、現実は甘くなかった。
5年から入った素人同然の私を、誰がリーダーと認めてくれるだろうか。
私の役目は、週に一度ある「リーダー会」に出る事だけ。
上辺だけの名前、役目。
地獄の練習場となった。
私の居場所はない、どうしてこんなに下手な私を、リーダー何かにしたの?
理由は聞かされていた。話すまでもない。
でも、私は私なりに頑張った。リーダーになってからの一年、コンクール曲、精一杯頑張った。楽器が、大好きだった。
小学校卒業まじか、最後の演奏会がある。
ドラムが演奏できるのだ。
嬉しかった。絶対成功させたかった。
ドラムの基本リズムも頑張って覚えた。両手両足が違うリズムを刻むのは、とても難しい事だった。
______________________________
今日はここまで・・・。
コメント